レーシックで合併症(角膜拡張症)になった私がレーシックについて書いてみる
私について
私がレーシックを受けたのは約8年前。
術後は安定してたのですが、少しずつ見え方に変化が生じ
最終的に合併症である角膜拡張症になりました。
現在、右目は強度の、左は軽度の円錐角膜です。
左は眼鏡でもそこそこ矯正は出来るのですが、
右は特注のハードコンタクトレンズ以外では殆ど見えません。

円錐角膜
もう昔の目に戻る事はできないので、
ここ数年はレーシックを受けた事からは目を背け普通に生活を送ってたのですが、
先日とあるきっかけで同じ様にレーシックの合併症・後遺症で苦しむ人達会う機会がありました。
私は今やレーシックは眼鏡・コンタクトと並ぶ視力矯正の手段として広く認知され、
その危険性も殆ど聞かないほど安全な手術になったのだなと思ってました。
でも実際には意外な程に最近レーシックを受けて後遺症で苦しんでる人がいると知り、
その事実に反してレーシックが気軽に捉えられてる風潮に疑問を持ちました。
もっと事実を広く知ってもらわなければならないのではないか?
合併症になった私だから伝えられる事があると思い書いてみました。
失敗のリスクは低いが失敗した時のリスクは大きい
レーシックは(現時点では)比較的安全な手術であります。
データー上これは事実でしょう。
ではその確率はどれくらいかと言うと、正確な数値は分かりません。
と言うのも合併症・後遺症になった人の数を調査する機関がないからです。
また私自身もそうだったのですが、
自由診療を受けて失敗した後ろ暗さや、心配かけたくない、認めたくない、考えたくない、など
理由は様々ですが失敗した事を公表する方も少ないです。
美容整形の失敗の心理に似た部分があると思います。
なので後遺症・合併症を持ってる方の潜在的な人数は想像している以上に多いと思います。
私の通院している眼科でも自分以外にレーシックの合併症・後遺症で来院している人は何人かいると聞いてます。
それでも失敗のリスクは数%くらいなのではと思ってます。
しかしその数%で合併症・後遺症を発生した時のリスクは大きいです。
例えば私の場合、特注のハードコンタクトレンズでなければ視力矯正ができないため、
眼鏡をしてる時は左目でしか物が見えません。
まだコンタクトレンズで矯正できてるのが幸いで、
酷ければ角膜移植しか手段はありません。
他に後遺症でよく聞くのがドライアイ、眼精疲労。
これはレーシックをやらなくてもなる人がいるので、
「その程度」にしか思ってない人が多いかもしれません。
しかし強度のドライアイで常に目薬を手放せない、
慢性の眼精疲労で目を開けてる間はずっと頭痛、吐き気に襲われる、
など日常生活に支障を及ぼすケースもあります。
これらも後遺症の一例であり症状は人により様々です。
中には後遺症が原因で仕事が続けられなくなり退職を余儀なくされた方もいます。
悪い意味で人生が変わります。
そしてそれが一生続くかも知れないのです。
レーシック手術の落とし穴
レーシック難民
誰が言い出したかは知りませんが、
レーシックで合併症・後遺症に苦しんでる方をこのように言います。
レーシックを受けた後に後遺症などの不調を手術した医院に訴えるのですが、
対応が悪く軽くあしらわれ、悩んだ末に他の医院に行きます。
しかし、レーシックを受けた場合それを理由に診察を断られる事があります。
または診察してもらえてもその眼科医にレーシックの知識が無く
目薬などを処方されても根本的な問題は解決しない事もあります。
結局また違う医院を転々とするハメになる。
その様な状態から「レーシック難民」と言われる様になったのでしょう。
どこを頼ったら良いか分からない。その様な状況に陥る事もあります。
レーシックの失敗例が知りたければ、
「レーシック難民」で検索してみて下さい。
「レーシック 失敗」「レーシック 後遺症」などでは
SEO業者やアフィリエイターに浸食されてるので正しい情報が見つかりにくいです。
いずれ「レーシック難民」のキーワードも荒れるのでしょうが...
参考:レーシック手術の失敗例がネット上であまり見つからない理由 - 役立つちゃんねる
ここではレーシックの合併症・後遺症について事実が読めるサイトも紹介しておきます。
レーシック質問・相談掲示板 | レーシックを考えるページ
レーシック難民の方が活発に書き込みをされてます。
また、親身に答えてくれる事が多いので、
不安な事があれば質問してみると良いでしょう。
近視手術の後遺症対策研究会~レーシックの失敗は少ないのか?
レーシックの後遺症の情報が豊富です。
レーシックの成功例についてはあえて紹介するまでもなく沢山あるので割愛させてもらいます。
人に勧める前に考えて下さい
「レーシックが成功して今までと世界が変わった。」と言うのは嘘では無いと思います。
私もほんの一時期ですがそれを体験できた事はありました。
なのでその感動を人に伝えたいと言う気持ちは分かります。
しかしその前に考えてみてください。
レーシックで合併症・後遺症を患う確率はほんの数%程度かも知れません。
しかし、あなたがレーシックを勧めた人がその数%の確率で後遺症を発生し
その後の人生を狂わす事になったら、あなたはその罪悪感に耐えれますか?
実際レーシック難民の方には知人に勧められてレーシックを受けられた方がいます。
その方は紹介した人を非難する様子では無かったですが、
私がその人の立場だったら相手を責めてたかも知れません。
レーシックをされて成功した事は本当に良い事だと思います。
ただ、絶対の保証の無い手術を他人に勧めるのは如何なものでしょうか。
「私は成功したしやって良かったと思う。
だけどリスクもあるので安易に勧める事はできない」
もし私が成功してたとしたらこの様に話すと思います。
これからレーシックを受けられる方へ
事実、レーシックで失敗する確率は低いです。
なのでリスクを知った上でやはりレーシックを受けようと思う方はいるでしょう。
また、特別な理由や強い意志があって受ける方もいるでしょう。
私も成功を否定してる訳ではありません。
私からはこれから受ける人達に以下の事を伝えておきたいです。
「自分の身は自分で守れ」と。
特にレーシックにおいて無知は危険です。
私も受ける医院に関しては調べましたが、
レーシック手術に関しては表面上しか知りませんでした。
そして術前に一つの医院だけでなく、
セカンド、できたらサードオピニオンまで受けてください。
医院によって検査結果や診断結果が違う様であればそれを明確にしてください。
心配な点・不明な点があれば時間をかけて解決し、
納得できない点があれば止めるのも選択肢の一つです。
時間とお金がかかると思いますが、目は一生の問題です。
そのリスクを減らすためなら必要な出費ではないでしょうか。
最後に
本当はこの内容を一番見てもらいたいのはレーシックをする医師です。
(行政もですが...。ここでは医師に対して言及します)
もちろんレーシックに真剣に取り組んで
患者の事を考えてくれる医師の方がいるのは知ってます。
ただ、残念な事にレーシックを商品としか考えてないのではないかと思える様な医師もいます。
レーシック難民の方は本当に苦しんでるのに、
術後は適当にあしらわれる事が多いと聞いて本当に驚いています。
彼らの様な医師にとって何百人の一人は許容範囲でしかないのでしょうか?
一人に後遺症が残っても、他の何百人が成功すれば問題ないのでしょうか?
後遺症の方にとっては一分の一です。
一生の問題です。
その人の人生を左右しかねない手術を行っているのだと、
そう言った意識を持って欲しいと思います。
...きっとそのような想いは彼らには殆ど通じないのでしょうが、
多くの方がレーシックについて正しい知識を身につけてもらうことで
「ここの医院は大丈夫なのか?」
「この医師は信頼できるのか?」
と言った疑問を持ってもらう事で、
患者の事を考えない医師や医院が淘汰される一つのきっかけになってくれればと思ってます。
とにかく私としては同じ様に苦しむ人をこれ以上見たくありません。
レーシックの合併症・後遺症に悩む方が増えない事を切に願います。
それが私が個人ブログで公表した一番の理由です。
ネットワークビジネスが嫌いな5つの理由
ネットワークビジネスと聞いてピンと来ない方は、
マルチと言えば分かるのではないだろうか。
以前の僕はネットワークビジネスと聞いただけで、
全否定してた。
ただ、独立を考える様になって、
ネットワークビジネスのビジネスモデルは一つのビジネスとして
学ぶ価値があるのではないかと思っている。
そして先日、知人に誘われてとあるネットワークビジネスの説明会に参加してきた。
そこのネットワークビジネスは、ネットワークビジネスとフランチャイズを掛け合わせたビジネスモデルで、
非常によく考えられてるなと思った。
正直いい勉強になった。
しかし、やはり自分はネットワークビジネスは嫌いだなと思った。
ネットワークに参加しない人は人生の敗者と見る
彼らからするとネットワークに参加しないなんて、
人生損してると思うらしい。
「今よりもっといい暮らししたくないの?」
「何で?お金持ちになりたくないの?」
何が幸せであるかは人それぞれ。
例えばギリギリの生活でも自分のやりたい事をやる事に幸せを感じる人もいる。
金持ちにならなくても平凡な生活を送りたい人もいる。
でもそういう人達の価値観を認めない。
稼げない人生=つまらない人生と思っている。
自分の物差しで相手も計ろうとして欲しくない。
夢想家が多い
そもそもネットワークビジネスはそのビジネスモデル上、
全員が同じ様に稼げるわけではない。
必ず稼げる層と稼げない層が存在する。
でも稼げる前提で話を進める。
純粋に商品を購入するだけであればリスクは無いのだが、
大抵のネットワークビジネスは参加時にある程度の額の商品購入を促される。
それが本当に望むものなら良いが、
そうでないならリスクだ。
だけどそういう部分には触れない。
また、現実問題「ネットワークビジネス」と言う単語を持ち出すだけで、
嫌悪感を示す人は非常に多い。
一歩誤れば今までの人間関係を崩す事に成りかねない。
個人的には人脈はお金より価値があると思う。
目先のお金の為に人脈を失うことはしたくない。
だが、そう言った点のリスクも話してくれる事はない。
まあ彼らはそんなリスクは無いと否定するのだろう。
結局自分の為じゃないの?
ネットワークビジネスは紹介された人の購入額の一部が
紹介した人に還元される。
するとそこの人間関係には必ずお金がちらつく。
「一緒にがんばろう」と言うが、
その何%かは「いっぱい稼いでバックしてくれ」と言う気持ちがあるのではないか?
彼らはグループを作って活動することが多い。
グループの中に稼げない人がいると発破をかけるが、
それは本当にその人のため?
それとも自分のため?
どうしても彼らが純粋に相手の成功のために薦めてくるとは思えない。
そもそも本当に相手の成功を望むのであれば、
相手の話も聞いてくれる筈だ。
自社商品に完全陶酔してる
確かに会社に寄っては質の良い商品もあると思う。
だが大抵は他にもっと良い商品、もっと安い商品がある。
それでも彼らは自社の商品が一番だと思ってる。
やってない人がよく言う台詞だが、
「そんなに良い商品なら自然に口コミで広がるだろう」
まさにその通りだ。
特に現在はネットインフラが整備され、
口コミはあっと言う間に広がる。
自然にそこに入ってこないのであれば、
やはりその程度の商品なのだろう。
世間体
日本ではネットワークビジネスは嫌われる傾向にある。
事実ネットワークビジネスのトラブルもよく聞くし、
多くの人の頭の中にはネットワークビジネスは問題ありと認識されている。
ネットワークを増やす為に友人・知人に話を持ちかけるが、
相手にされないだけならまだしも「俺にそんな話するんじゃねえ!」とキレられることもある。
そういう話を聞いた事があるし、
僕の友人でネットワークビジネスを始めて今までの友人から疎遠になってしまった人もいる。
最近ではSNSやネットのコミュニティで活動する人もいるっぽいが、
そういう人達はもの凄く嫌われている。
そういう背景からネットワークビジネスをやってる事には後ろめたさを感じるだろう。
自分が本当に信じるものであれば僕も世間体なんて気にしない。
ただ、残念ながら既存のネットワークビジネスには
僕が信じられる程の魅力は感じない。
批判的思考を身につけたい
インターネットが普及してから、
それまでとは比較にならないくらいの情報が得られる様になった。
しかし止めどなく流れてくる情報の中で、
正しい情報を取捨選択し自己を見失わない力が必要だと思う。
特に震災の時に流れたデマや、
間違った情報に惑わされる人を見て強く思った。
つい先日のブログにも書いた「自分の答えのつくりかた 」から学んだ考え方に批判的思考というものがある。
批判的思考(ひはんてきしこう、英: Critical thinking)は、特に欧米諸国で主流となっている物事や情報を批判的に解釈する思考パターンのこと。単にクリティカル・シンキングと呼ばれることも多い。対象物を見聞きしたままに受け取るのではなく、客観的なおかつ分析的に理解される必要がある。
「批判」という言葉は反対する、受け入れない、などのイメージから「否定」という言葉と同義で用いられるケースが少なからず存在するがここでいう批判とは情報を分析、吟味して取り入れることを指しており客観的把握をベースとした正確な理解が必要とされる。「否定」という言葉はその情報自体を拒絶するという意味合いが強くまた主観的要素を含んでおり「批判」という言葉の意味とは隔たりがある。批判的思考 - Wikipedia
言葉的に勘違いされそうなのだが、
批判的思考=否定ではない。
むしろ逆に異なる意見さえも受け入れる。
例えば今問題になっている原子力発電所は必要か?
と言う問題を考えた場合。
今の福島原発の事故を考えると無くした方が良いと思う。
これが僕の第一の感想だが一度それは捨てる。
まず良い面と悪い面、両方を考えてみる。
それも裏付けのある正しい情報から。
今はインターネットのおかげで情報は豊富に手に入る。
でもここで、その情報は正しいのかもチェックする。
例えば大学の教授であっても不都合な情報は開示してないかも知れない。
データに基づいた発言であってもそのデータは妥当性に欠けるかも知れない。
反対派は悪い事しか言わないし、
推進派が良い事を良い事しか言わないのは当然考えられる事。
また、他に推進派の意見、反対派の意見にも偏り無く耳を傾ける。
そうして得られた情報から比較検討し、自分の答えを出す。
ただ、ここで出した答えが間違ってても良いと思ってる。(※)
例え開示されたデータを検証して正しいものと思えたとしても、
所詮素人なので判断が誤ってしまう事はある。
大事なポイントは、情報を鵜呑みにするのではなく、
客観性を持って自分で調べて検証して答えを出す事だと思う。
そしてそう言うスタンスであれば、
間違った場合も素直に受け入れ正す事もできるし、
自分と異なる意見でも耳を傾け自分の判断材料に取り込む事ができる。
そうやって一人一人がしっかりと情報を吟味することができれば、
そうそうデマや偏った意見に惑わされる人もいなくなるのでは無いかと思う。
海外では批判的思考を学校で学ぶところも多い。
情報化社会となった今、日本でも取り入れて欲しいものだ。
(※)補足だが、メディアや著名人、影響力のある人は判断を間違えてはいけない。
発言をする前に深く思慮する必要がある。
影響力を考えて発言に責任を持って欲しい。
まあ、僕の様な庶民に言われなくても分かってると思うけども。
被災地の方のためにできること
※災害に乗じたボランティア詐欺も横行されます。お気をつけ下さい。
※善意の行いが必ずしも現地の方の助けになるとは限りません。
行動を起こす前に被災地の方の助けになるか確認して行動して下さい。
随時更新して行きます
募金
インターネット募金「緊急災害募金」 - Yahoo!ボランティア
[■災害支援基金設置のお知らせ■ CANPAN 東北地方太平洋沖地震支援基金]
「mixiモバイル」
50ポイント(50円)の募金を受け付け。
被災地支援活動 | 企業情報 | NTTドコモ
アクセスはi menu→お知らせ→企業情報→社会に対する責任→被災地支援チャリティサイト
au「被災地支援 義援金サイト」
アクセスはEZボタン→トップペニューまたはau one トップ→災害用伝言板→被災地支援義援金サイト
「Tポイント募金」
【PC】 http://bit.ly/etWywJ
【MB】http://bit.ly/feeSpL
東北地方太平洋沖地震義援金の受付を開始しました - はてな義援金窓口
グリー「東北地方太平洋沖地震」被災者を支援するための募金受付
募金方法
・「GREE」で提供するオリジナルアバター「GREEボランティア」を購入
・自身が保有するゴールドから、100ゴールド〜10,000ゴールドの間で任意で選択可能
・「1ゴールド」に対して1円相当をグリーが負担し寄付を実施
Google Japan Blog: Google チェックアウトによる東日本巨大地震への支援について
献血
血液の輸送はできます。ので献血に行ける方は行ってください。
ただ時期が集中すると使用期限が切れるのもいっぺんなので、
まんべんなく来てほしいそうです。
難しいですが、今日、明日は集中しそうなので平日に行ける方は分散してください。
(献血ルームより)
日本赤十字社 献血施設一覧
ボランティア
ボランティアに駆けつけたいと思ってる人へ。
今は被害の把握と人命救助が第一で、そこはプロ(行政警察消防自衛隊と地元の人)に任せるしかありません。
被災者が命の安全を手に入れた後、生活の安定を取り戻す時(片付けと復興)に人手が必要と思われます。
何かしたいができない。せめて物資でも、と思われる方は、まずは物資ではなく、日本赤十字社などの義援金(被災された方へ後日直接配分)。
あるいは災害ボランティアセンターや地域ファンドが行う災害ボランティア支援基金などに寄付をお願いします。
支援物資
支援物資を送る前に下記のサイトを一読して下さい。
宮城の被災者に支援物資を送りたい人へ - くまろぐ
東北地方太平洋沖地震 災害援助物資提供のお願い - スノーピーク オフィシャルサイト
電話
電話回線の圧迫を極力軽減するよう、
重大事項以外は極力使用を避けて下さい。
節電
首都圏では午後6時~7時に100万世帯分の電気使用量に相当する300万キロ・ワットの電力供給が不足する恐れがあると発表。出来る限りの節電と準備を。
また、関西や中部圏の電力会社から関東方面への送電を行ってますので、
直接的被害のない地域の方も節電を心掛けましょう。
正しい情報を拡散し、重複した内容のツイートを省く為にも公式RTを利用する。
公式RTは非公式RTと異なり、ツイートの下にある「リツイート」ボタンをクリックすることで投稿できます。(RTを付けてツイート内容をコピペするのは非公式RTです)
時間経過とともに状況が変わる情報には[3/11 08:45]など日付+時間を記入してツイートするようにすると良いと思います。
家族がいる方
お子様が居る家庭のみなさま、必要以上に深刻な表情を浮かべているとお子様が不安がります。
努めて笑顔で接してあげてください。
事実は事実で受け止め、普段通りに遊んであげてください。(twitterより抜粋)
今後
今後三年、いや一年でも買う食品の一部を被災地の製品に代えるだけでも確かな応援になります。
産業の復興は長期戦です。
夢
小さい頃はヒーローになりたかった。
世界を救う様な。
小学校に入って漫画を読み始めてからは
漫画家になろうと思った。
友達同士でノートに漫画を描いては見せ合いっこをしてた。
しかし成長するに連れ周りの友達は1人また1人と漫画を描く事を辞めた。
それでも自分はコツコツと漫画を描き続けた。
と言っても、ペンやトーンなど使わずに
ノートに鉛筆で描く簡単なもの。
漫画家になりたいと憧れながら、
本格的に行動を起こす事無く大学を卒業し社会人となった。
憧れは憧れのままで終わった。
入社した会社は印刷会社。
DTPオペレーターなのでMacを使っての作業が主だった。
大学時代に初めてMacに触ってからはまってしまった自分としては、
仕事は楽しかった。
でも2年もすると一通り作業はこなせるようになり、
新しく覚える事も殆どなくこのままここにいても何も変わらないなと思った。
もっとクリエイティブな仕事がしたいと思った。
漫画しかり、絵を描く事が好きだった自分は絵で仕事ができないかと思った。
イラストレーターだ。
勤務してから丸2年で退職し、
アルバイトをしながら絵を描き始めた。
絵が駄目だった時の保険として、
すぐに職につけるようにアルバイトも興味ある分野に絞った。
出来ればDTPデザイナーが良かったが、
アルバイトがなかなか見つからずwebデザイナーのアルバイトをする事にした。
絵はコツコツと描き続けたが、
具体的に仕事に繋がる様な行動を起こしたのは数える程。
時々、「本当に絵で仕事がしたいんだろうか?」と考えるようになった。
ここで様々な理由が重なり1年ワーキングホリデーでオーストラリアへ行く。
スケッチブックと画材も持って行った。
ありきたりな言葉だが自分を見つめ直す為だ。
絵を描くのは楽しいと改めて認識した。
そして帰国後一念発起し、デザインフェスタに自分の作品を出展する事にした。
自分の評価と世間の評価の違いを確認するため。
結果、自分の未熟さを痛感した。
ただの一度の挫折である。
いや、挫折と言う程の大事でもない。
でもそこで自分は絵で仕事するのを諦めてしまった。
言ってしまえばそこまでの熱だったのだ。
得は好きだけど個人で楽しむレベルだったのだ。
その頃派遣でwebデザイナーとして働いて自分は、
社員にならないかと声を掛けられた事もあり
正社員として働く事にした。
この業界でやってこうと決心したからだ。
でもそれからの自分は将来が何も見えなくなってしまった。
何になりたいのか?
何をしたいのか?
「有名になりたい」「凄い実績を残したい」
そんな漠然とした思いはあったが具体的に何も見えなかった。
ただ今の環境をより良くして、それを繫げて行くだけの日々。
職場の環境は悪くなかった。
居心地は良かった。
だがそれに甘えてると自分の成長が止まってしまうと思った自分は、
この業界の憧れの会社へ転職しようとした。
厳しいのは予想してた。
でも行動を起こさないと何も変わらないと思った。
残念ながら希望は叶わず転職は失敗した。
それでも退職した。
動ける環境を作らないと思ったから。
その後、自分に足りないスキルを学びながら、
ビジネスや自己啓発の本を読んだり
起業してる友人、同業で成功してる人達に会ったりし
今後の人生について本気で考えた。
漫画家もイラストレーターも、
自分好きだからと言う理由の他に
自分の創ったモノで人の心を動かしたいと言う想いがあった。
音楽家、芸術家、職人、スポーツ選手、映画監督、俳優...
彼らのように感動を与えられる方ではなく与える人になりたかった。
そしてそれはwebの世界でも可能だと気付いた。
初めてwebの世界に来た時はそれ程魅力を感じなかった。
楽しい世界ではあるが自分が叶えたいものは特に無かった。
でも時代が変わったのか、
自分の見方が変わったのか、
今はwebの世界に大きな魅力を感じる。
「webで感動を与える」
感動と言ってしまうと狭義になってしまうが、
楽しいや面白いと思ってもらえる事は沢山できると思う。
そしてここ最近ではすっかり失念してしまっていたが、
「自分に出来る事で世の中に貢献する」
を生きる目的としてきた。
この目的こそwebの世界でより実現できるのではないだろうか。
紆余曲折あったが自分が今いる場所は、
自分が望む事に挑戦出来る場所だと気付いた。
自分はwebを通して、
人が喜んでもらえるもの、楽しんでもらえるもの、役に立つもの、
社会に貢献できるものを作り続けたい。
そして最終的には世界の子供達に夢を掴めるチャンスを与えることのできる
プロジェクトを立ち上げたい。
それが自分の夢であり生きる目的でもある。
ようやく本当に目指すものが見えた。
自分を変える魔法
何か自分が劇的に変われる魔法のようなものがあると信じて、
それが何なのかずっと探してた。
それが手に入れば自分が変われるんだと信じてた。
そして魔法を探して色んなことを試してきた。
でもどれも違った。
何かしらの変化はあった。
でも劇的な変化は見られなかった。
そもそも魔法のようなものは存在しないことに気づいた。
それに気付くのに大分時間がかかった。
けれども時間がかかったからこそ、
そんなものは無かったんだとハッキリ言える。
魔法なんてない。
だから自分で変えるしかないんだ。
その変化はとても小さい。
時には自分では変化が感じられず嫌になることもあった。
でも1年前、5年前、10年前の自分と比べれば、
今の自分は変わって来てる。
今言えることは人は確実に変われる。
変化は小さくとも変われるんだ。
もう"何か"に期待する事は止めよう。
地道に歩み続けようと思う。
出会いの機会
"チャンスの神様は、前髪が長く後ろ半分は禿げていて、髪の毛がない。
チャンスが訪れたら、その前髪をしっかりとつかむこと。
後からつかもうと思っても、後ろ半分は髪の毛がないのでつかめない。"
と言う話を聞いた事がある。
要は、"その機会を逃したら、あとから掴もうとしても手遅れ"と言う事。
長く生きてる程これを実感出来るんじゃないだろうか。
自分も今まで何度となく機会を逃して来た事がある。
出会いの機会もそう。
"良いな"と思う出会いがあっても、
何も出来ず、後になって後悔した事は多々ある。
「あの時話しかけてれば」
「もっと突っ込んでアドレス交換しておけば」
チキンだった自分はよく一人反省会を開いてた。
だから後悔はしないよう積極的に動こうと決めた。
"これ"と思った時は行動するようにしてる。
もちろんうまく行かない事もある。
でも、「やらない後悔よりやった後悔」
やってダメだった方が自分も納得出来る。
・・・だけど、やっぱりうまくいって欲しい。
行動した事に後悔はない。
後悔はないが、"後悔"の感情は別にして、
失敗したら結局のところその出会いはそれ限りになってしまうのだから。
失敗した時は何かしら理由がある。
それが自分にあるのであればそれは改善する。
ホントに良い出会いの機会はそうそう無い。
だからその時しっかりとチャンスを掴むために
失敗を糧にもっと自分を高めて行こう。
出会い
友達に誘われて、パーティーに参加してきた。
そのパーティーに知り合いは誘ってくれた友達しかおらず、
その友達も受付などの仕事があるので別に一緒に行く友達を誘う事にした。
だが運悪くどの友達も予定が合わないと断られた。
一人で行くのも心細かったので行くのを取りやめようかと思ったりもしたが
せっかくの出会いのチャンスを逃すのはもったいないので、やはり行く事にした。
やらないで後悔するよりやって後悔した方が良い。
そんな覚悟で臨んだが結果は行って良かった。
最初は知り合いが誰もおらずアウェイ感は凄く感じたが、
積極的に人に話しかけ、時間も経つにつれ皆もアルコールが周り
会場全体が和気あいあいとした雰囲気になっていった。
アウェイ感はすっかり無くなった。
いい出会いもあった。
恋愛とかではなく、人としてのいい出会いだ。
数年前から思ってる事だが、
人と人の出会いって大切だと思ってる。
だからいろんな場に足を運んだが、
昔は取り敢えず色んな人と知り合いになろうとして
結局合わないと思って連絡しなくなった人も何人かいる。
自分はあまり人に強く言える方じゃないから、
少し合わない人でも上手に付き合ってしまう。
そういう煩わしいのが嫌になって、
出会いに積極的にならなかった時もある。
少しずつだが、質のある出会いが分かるようになってきた。
合わないと感じる人とは最初からなるべく距離を縮めないようにしてる。
そのやり方が良いのか悪いのかは分からないが、
今はそのやり方が楽なのは確かだ。
このスタンスで少しずついい出会いを増やして行こうと思う。
ケータイ小説大賞 あたし彼女
昨年くらいから話題になってるケータイ小説。
ずっとスルーして来たが今回ネットで話題になってたので
「一度どんなものか知っておくのも大事だな」
と思い読んでみた。
多くの人が評価してる通り、
自分も正直最初のページを開いて
「え?こんなのが大賞?」
と首を傾げた。
しかしここで一度頭をリセットした。
偏見をなくしてちゃんと評価してみようと。
文体は改行が多く、独特のリズムだ。
だが、これはこれで新しいスタイルとして捉えればそれもアリだと思う。
特にケータイ小説は中高生辺りが中心だろう。
ケータイ世代の彼らにはこのスタイルがハマりやすいのかも知れない。
そして小説の内容なのだが、
頑張って読破しようとしたが2章まで読んで挫折した。
いや、最初はプロローグで挫折したのだが、
それでも頑張って2章まで行ったのだ。
どうにも先を読む気が起きない。
そこでこちらの現代語約を参考にさせてもらった。
こっちは最後まで読んだ。
で、感想なんだが
「こんなのが大賞?」
と再び思った。
リアリティが低いのだ。
現代語約を読んだ感想だから、そうじゃない部分もあるかも知れないが、
2章まではしっかりと原文を読んで思う意見だ。
例えばアキがトモに惹かれてく事に関してだが...
アキは今までに何人の男と付き合って、何十人の男とセックスしてるって設定だ。
それがトモと言う男だけに何故特別な感情を抱いたかが理解できない。
プレゼントの下りでも、そんなに特別な事なのか。
だとしたらアキが今まで付き合った男ってどんだけダメ男だったんだよって話だ。
また、トモはアキが元カノのカヨに似てるから惹かれたらしい。
けどアキとカヨは外見が似てるだけで性格は全然違う。
じゃあ何か?トモはカヨの外見が好きだったのか?
いや、そうじゃない。性格的な部分が好きだったと言ってる。
外見だけそっくりで中身はビッチな女。
そんな簡単に惹かれるものか?
もっと複雑な心境なんじゃないかと思う。
そんなこんなで突っ込みどころは満載だ。
でも自分は批評家じゃない。
これが大賞に選ばれたと言う事はそこにはそれなりの理由があるのだろう。
一番の理由としては、
メインターゲットである中高生にはこの程度の内容がウケが良いのだろう。
逆に一般人受けするような小説ではウケが悪いのだと思う。
だから自分らが理解できなくても当然なのだ。
でもこの小説を良いと言ってる中高生達には、
世の中の小説は全て同じような感じのものだと勘違いしないで欲しい。
日本企業の生産性は低い
日本企業は外国の企業に比べ生産性が低いと。
それを具体的に表したのが以下の文。(抜粋)
「ある企画を通す際のプロセス」
■日本企業
1.業者と打ち合わせ。決定権が無いので持ち帰ってプレゼン資料作成。
2.課長に説明「ふーん、わかった。じゃあ部長に相談して」
3.部長に説明「ふーん、わかった、じゃあ事業部長に(略)」
4.事業部長「これ、こうした方がいんじゃない?課長ともう一回相談して」(①に戻る)
それは僕も昔から感じてる。
■海外企業
1.業者と打ち合わせ。その場で決定か、上司一人に報告して決定。
この差である。
とにかく日本には無駄と思われる行程が多い。
日本がこのような無駄な行程を踏まなければならないのは、
下の者には決定する権限、つまり責任がないからである。
人によっては「下の者に決定権持たせて失敗したら、
上の自分も責任を負わなければならないじゃないか。」
と言う人もいるのだろう。
そもそも日本の社会がそういう風習なのだろう。
個人個人に責任を持たせ、失敗したら最悪クビもありうる。
非常にシビアだと思うがその体制が整えれば無駄な行程も減り、
仕事もスムーズに進むと思う。
それに責任を持つと言う事は、仕事に対して取り組む姿勢も養われると思う。
強いては成長に繋がると思う。
日本の社会も徐々に年功序列から実力主義が評価されるようになってきている。
それに伴い責任を個人個人に持たせる体制を作って行って欲しい。
誰だって休みは多い方が良いだろう。
生産性を上げる為に、出来る事はいろいろあるのだ。
やっぱりiPhone欲しい!
softbankじゃないから、
あまり言及しなかったけどやっぱりiPhone欲しい。
ちょっとのつもりがビデオガイド全部見ちゃいました。
アップル - iPhone - ビデオガイド
どんだけ機能てんこもりなんですか。
レビューを見てると、
ここが使えない、とかこの機能が欲しいとかあるけど、
発売したばかりのそういう声は予想の範疇。
確かに日本の携帯を基準に考えると、
携帯(メール)としての機能はまだ改善して欲しい点はあると思う。
でも、iPhoneは電話としての機能がメインではなく、
電話も数ある機能の一つに過ぎないのだと思う。
そう捉えるとこんな魅力的なスマートフォンはない。
特に仕事でバリバリwebを使用する自分に取ってはweb機能はもちろんの事、
GPS&google map機能もかなり注目。
さらにwebの需要が高まると思う。
多分最終的には、他の携帯もiPhoneのようにフルブラウザ標準に変わって行くと思う。
そうなった時に今あるモバイル向けのサイトはどうなるんだろう?
携帯からPCサイトが見れるようになった時に、
PCサイトと携帯サイトを分ける必要があるのか?
あ、でも用途や機能的な違いがあるからやっぱり異なるのか...
て言うか、仕事的に色々考えなきゃならないな。
でも何か面白くなりそうだ。
そういやiPhoneのキャリア設定でdocomoも表示されるらしい。
http://japan.cnet.com/blog/staff/2008/07/11/entry_27012187/
てっきりappleはdocomoでの販売も既に視野に入れてるのかと思ったけど、
そうでも無いらしい。
docomoとsoftbankが同じ通信規格W-CDMAを採用してるからのようだ。
でもいずれdocomoからの販売も可能性はあると思う。
auよりかは...
やっぱり乗り換えかー
縁
一人で遅めの夕食を取りながら、
ある人の事を思い出してた。
とても近い存在であったが会えなかった人。
最近では地元の友達の次に、
ワーホリの友達とよく会う。
先日も、沖縄から上京して来て
都会で頑張って闘っている友達と会って来た。
他の人はいざ知らず、僕がワーホリに行ったのは、
ほんとちょっとしたきっかけ。
思いつきに近い部分がある。
でもその思いつきが無ければ、
今の友達とは永遠に会ってなかったかもしれない。
これも縁だろう。
だけど逆の事も言える。
「縁が無かった」
望んでもそれが叶わない縁もある。
僕が出会えなかったその人とも、
きっと縁が無かったのだろう。
何度も言ってる事だけど、縁とは不思議なもの。
自分の力ではどうにもならない事があるとは認めたくは無いものだが、
やはり僕らの力の及ばない大きな力と言うものは確かにあると思う。
だからと言って、
世の中にはどうしようもない事があるから。と言って卑屈になってる訳ではない。
ただ、時には「自分の力の及ばない事」も受け入れて前に進む事も必要なのだと思う。
人事を尽くして天命を待つ
天職
仕事を選ぶ上で何を重要視するか?
職種、給料、勤務地、環境.....
人それぞれ選ぶものは違うだろう。
僕は、一番に職種を重要視する。
今はwebデザイナーとして働いてるのだが、
僕にとってこの職業は天職ではないかと最近思う。
まあ、”天職”と言う程ずば抜けた力を発揮してる訳ではないが、
自分に最も適した職の一つだと感じている。
この業界は今なお驚くべき早さで前進し、
絶えず新しい情報・知識を学んで行かなければ
あっと言う間に取り残されてしまう。
なので一時は、そんなプレッシャーの中でやってくのはきついだろうと思い、
割と安定しているDTP方面に進もうと考えた事もある。
しかし、現状、強制されるでもプレッシャーを感じるでもなく、
僕は進んで新しい情報・知識を取り入れてる。
考えてみれば、webを仕事とする前も趣味でホームページを作ったり、
本やネットで調べて色んな技術を試したりしていた。
元から新しい事を知ったり、何かを調べたり、
技術を身につけたりするのが好きな性格だからだろう。
学ぶ事はきっとこれからもずっと続けられる。
仕事だって何時間でもやれる気がする。
一度手をつけると集中してしまう質なので、
食事の時間すら勿体なく感じる時がある。
とは言っても、帰って寝るだけの生活なんて嫌なので残業はなるべくしたくは無いし、
昼休みもちゃんと取る。
根詰め過ぎも良く無いのでね。
ただ、長時間労働しても仕事に関しては辛いとは感じない。
webデザインのクリエイティブな面も好きだ。
アイデアが浮かばない時は、嫌になるけど、
やはり一つサイトが出来上がると気持ち良い。
最近は、デザインよりもseoやユーザービリティの方が重要だが、
そういうのも含め良い物が出来上がると嬉しい気持ちになる。
若い頃は(と言ってもまだ歳を取ったつもりは無いけど)幾つかやりたい職があって、色々と試して来た。
敢えて苦手と思われる仕事も試してみた。
やはり頭であれこれ想像を巡らすより、
実際に経験した方がどれが自分に合ってるかがよく分かる。
まあ、このwebデザイナーが最終的に落ち着く職かどうかは、
まだはっきりとは言えない。
もう少しだけ、試したい事もあるので。
でも最終的にwebデザイナーとしてやって行く事になったとしても、
それは決して妥協ではなくやりたい仕事でもあるし、楽しい仕事でもある。
その道に完全に絞った時は、今以上に頑張って行こうと思う。

最近は、頻繁に買う事は無くなったが、よく本を買って勉強してた。
「買って満足!」と言うパターンもよくあるけど…。
言葉では伝えられないもの
出現する未来
この本は難しい。脳みそフル回転しても理解しにくい。
だけど、僕が常日頃感じてる事と、
この本で説いてるU理論は似てると思う。
僕も完全に理解してないので上手く説明は出来ないけど、
この理論は禅の教えに近い。
僕は禅、と言うか瞑想に注目している。
そこで禅と瞑想の事、僕が感じてる事を書こうとしたのだが、
全くもって上手く書けない。
そもそもそれについて綴れるだけの知識も持ち合わせてないし。
書いては消し、書いては消し。
もう今回の記事は無かった事にしようともしたのだが、
現状の自分の考えを記録する為にも何とか書いてみた。
以下、まとまりがないけどそれも今の気持ちか…。
最近ではハリウッドのヨガブームを皮切りに
瞑想も耳にする事が多くなった。
だが、そのずっと前から過去の偉人や、有名スポーツ選手、科学者、実業家達は
禅・瞑想を実践していた。
そもそも僕がヨガをやろうと思ったきっかけは、瞑想から。
ただ、巷に溢れる「瞑想や潜在意識を活用して成功する。」
と言った類の考え方と僕の考え方は一線を画している。
出世や顕示欲、地位、名誉、物欲などを伴った成功の為に
その力を活用するのは誤りだと思う。
もちろん全ての人の成功が個人的な欲を満たす事を意味してるとは思ってない。
瞑想を通して成功した人達は、
成功の目的が社会貢献、文化の発展、環境保護など
個人的な欲以外にあったのだと思っている。
個では無く全体に意識を向ける事が大切だと思う。
また、瞑想で何を感じられるかも僕はまだ知らない。
実際、「それ」を体験した人達も、
その表現は人それぞれで共通の言葉では伝えられないのだと思う。
伝えるものでなくて、感じるもの。
だから瞑想セミナーとかも間違ってるのだと思う。
なので僕は変な宗教も信仰もないので、その点は御心配なく。
自分と世界の繋がりを感じる事。
自分の生き方の芯はここにあると思う。
そう簡単に理解できない部分だと思う。
だけど長い時間かけて少しずつそれを感じて行こうと思っている。
流れ
先日もワーホリの友達と会って来た。
オーストラリアにいる頃にAussieの彼が出来て、
この度晴れて結婚する事になった友達。
それで向こうに行ってしまうので、
その前に皆で会って来た訳である。
今回のメンツも実に一年以上振りなのだが、
相変わらずお気楽な感じで楽しい時間を過ごした。
つくづく感じるのだが、
ワーホリのメンバーといると妙な安心感がある。
将来に対して焦る事はない、好きな事をやれば良い。
そんな感じの。
それが良いのか悪いのかは分からないけど…。
でもやっぱ、ワーホリ行ってた人はちょっと違う空気を感じる。
不思議な事にここ一ヶ月程で、
ワーホリの友達、十数人と会った。
こっちから話をした人もいるが、
向こうから話が来たケースもあった。
まさかこの短期間でこれだけに人に会うとは思ってなかった。
こういうタイミング、と言うか流れのようなものを
時々感じる事がある。
最近はこの流れと言うものを特に意識する。
今、自分はどんな流れの中に立っているのだろう、
そんな事を考えたりする今日この頃です。
神社の参拝の仕方
この前の関西旅行で、
寺ばかり巡ってたおかげで正式な参拝の仕方を身につけて来た。
裏を返せば今までは適当に参拝してたって事だが…。
でもそういう人も多いのではないかと思い、
メモ代わりにここに神社の参拝の仕方を記載しておく。
其の一「始め」
神社の一番外側にある「一の鳥居」をくぐり、参道へと入る。
この時、軽く一礼する。
其の二「参道」
参道では中央を進まない。これは参道の中央は神様が通る道なので、我々が通る道では無いから。
其の三「手水舎」
一、右手で柄杓を取って、水を汲み、それをかけて左手を清める。
二、左手に柄杓を持ちかえて、右手を清める。
三、再び柄杓を右手に持ちかえ、左の手のひらに水を受け、その水を口にいれてすすぐ。
四、すすぎ終わったら、水をもう1度左手に流す。
五、使った柄杓を立てて、柄の部分に水を流してすすぎ、元の位置に戻す。
其の四「参拝」
参拝の基本は二礼二拍手一礼
一、まず、軽く礼をする。
二、お賽銭を入れて、鈴があれば鳴らす。
三、直立の姿勢から腰を90度に折り、二回深くおじぎをする。(二礼)
四、拍手を2回打つ。この時、右手は少し引く。再び両手を合わせて願いを込める。(二拍手)
五、両手を下ろしてもう一回深くおじぎをする。(一礼)
六、軽く礼をして終わる。
其の五「終わり」
「一の鳥居」を出てから一礼をし、帰る。
※あくまで基本なので神道により参拝方法は異なる
参考:正しい神社の参拝の仕方
ちなみに僕は「手水舎」で口はすすがない。
お腹弱いからさ、
参拝前にお腹壊したくないじゃん。
願い事の時に「下痢になりませんように」って言いたくないし。
なので、口に水を当てるだけにしてる。
後一ヶ月後には初詣シーズン。
皆もここで正式な参拝をマスターして、
連れの友達・彼氏・彼女・または愛人に
うんちく垂れて下さい。
「は?何それ?ちょーうぜぇー( ´Д`)」
って言われる事請け合い。
お台場ブランド
昨日は友達に誘われて、お台場に行って来た。
ゆりかもめで台場で降りて、
歩いて科学未来館に立ち寄った後、
大江戸温泉物語へ。
ここ数年デートスポットなんてからっきし行ってなかったし、
お台場もビックサイトで何か催しがある時に行くだけだったので、
昨日は違うお台場を楽しめた。
でも大江戸温泉物語は「お台場」と言うブランドで成り立ってる気がした。
でなきゃ、入場料+入浴料だけで約三千円は高いでしょ。
以前止まったカプセルホテルなんて、同じ値段で
浴場・サウナ完備、浴衣無料貸し出し、無料朝食サービス付きだ。
いかにお台場ブランドの価値が高いかお分かりでしょう。
まさにお台場マジック。
友達と話してたのだが、
日本程テーマパークの多い国って他にあるのだろうか?
例えばオーストラリアなんかは動物園、水族館はあるものの、
テーマパークはほんの僅か。
だいたい遊ぶ場合は、BBQしたり、スポーツしたり、自然と戯れたり。
日本は既に作られた遊び場で遊ぶ事が多いが、
外国では何も無い所で楽しむ術を知っている。
この違いは何なのだろうか?
日本は自然が少ないから?人付き合いが稀薄だから?共通意識が高いから?
創造性が無いから?遊びが下手だから?
日本にいると気付かない事だけど、
世界意識で見るとこれもまた一つの文化なのだなと思う。
憧れ
時々、野外でイーゼルやスケッチブックを持って
絵を描いてる人がいるじゃないですか。
僕はそういうのに凄く憧れる。
「じゃあ、やれば良いじゃん」
と、言われそうだが、
正確に言うと
”外に出て自分の感じたままにスケッチするのに憧れる”
だからそれなりの絵を描きたいと思う。
まだ感じたものを思い通りに捉える程の力も無いし、
絵を描くのにも時間がかかる。
せめて見たものを的確に捉える力は付けたいと思う。
そういう訳で今日、
予定が急遽キャンセルになり時間が出来たので
風景画を描いた。
鉛筆のスケッチはちょこちょこ描いてたが、
絵筆を取り出すのは本当久しぶり。
絵の具一式がほこりをかぶってたのには、
ちょっと悲しくなった。
幾つかの絵の具も長い時間の間に固まってしまったようで、
その生涯を閉じてしまった。
で、古くさくなった道具で一生懸命に絵を描いたのだが、
…ビックリするくらいの駄作が完成した。
上手にかけたらアップしようかな〜、
とほくそ笑んでたが
それどころじゃない。
身体は大人だけど、
絵だけは小学生になってしまったようで。
前から上手かった訳でもないが、
更に下手になった。
やはり何事も継続してないと落ちるものですな。
継続は力なり。
がんばろ〜。
単純な事
この間のGEISAI以来、再び絵を描き始めた。
ワーホリで絵に対する良い感覚を掴みながらも、
一年以上真剣に絵を描かなかったのは
忙しさもあるが、
いろいろ考え過ぎて手が付けられなかったと言うのもある。
仕事の事、将来の事、
絵の技術の無さ、創造性の低さ、etc…。
日本に帰って来てから、
色んな事が頭の中に入って来てしまった。
「難しく考え過ぎてしまう」
これは僕の悪い癖の一つだ。
でもGEISAIに行ってその思いも吹っ切れた。
絵の上手い下手は様々だったが、
その場にいる人達には共通して、
”本当にモノ創りが好きなんだ”
というエネルギーを感じた。
好きな事をやる。
上手くなりたかったら、ひた向きに努力する。
単純な事だ。
そういう大事な事を見失ってた気がする。
だから僕は好きな絵をただひたすら描こう。
単純な事をしよう。

言葉
部屋で筋トレ中にふと目にした本。
「四字熟語ハンドブック」
最初は何気にパラパラ捲っているだけだったが、
気づいたら熱中していた。
自分は小さい頃ことわざや四字熟語が好きで、
移動図書でことわざ辞典などを借りたりしていた。
そう言えば以前、
「亀の甲より年の功」と発言して、
友達にお爺ちゃん呼ばわりされた事がある。
このくらい使うよね?
この歳になると言葉の持つ響きや含みなどに興味を惹かれる。
指輪物語の著者J・R・Rトールキンも言葉の魅力に
取り付かれた者の一人だ。
あの壮大な物語の想像も突き詰めれば、
言語の想像に端を発する。
彼の創った言語辞典も出版されているようだ。
The Languages of Tolkien's Middle Earth
こんな具合に言葉に興味を持つと
他言語を覚えるのも楽しくなる。
学生の頃は英語なんて見るのも嫌だったのに
不思議なもんだ。
お金と内容
仕事を選ぶにあたって多くの人が考える内容だと思う。
生活するためにはお金が必要だし、
沢山稼げればいろんな事ができる。
でもやりたい仕事をして得られる喜びはお金では
買えないものである。
正直今の自分はお金の方を優先すべきなのだろうが、
楽しみのない仕事は苦痛だ。
海外に来てまで生活する為に仕方なく仕事するのが
いい方法だとは思えない。
こっちに来た目的に色々な経験をする事があるのなら、
やはり内容を優先すべきなのでは。
そこに何かしらの目的があるような仕事をするのが
良いのだと思う。
ワーホリなので三ヶ月しか働けないといえども
やりがいを持てる仕事を探そうと思う。
小さな街
ケアンズは小さな街だから、
友達や一度だけ会った人と
偶然街中で会ったりする。
こういう偶然を繰り返す事で、
繋がりが広がっていく気がする。
大都会より小さな街の方が
フレンドリーな人が多い理由の一つなのかな。
言葉
指輪物語の著者トールキンは言語学者である。なのでこの物語の中でも著者の言葉に対するこだわりが随所に見られる。
それの影響なのだろうか、最近は言葉に興味を持つようになった。
言葉の響き、強さ、意味、言回し。気付いたら意識する事なく使っていた言葉だが、改めて捉えてみると奥が深い。
もっと語彙やそれを適切に扱える力を身に付けたいと思う今日この頃である。
便利な世の中
昨日仕事終わってから友人と会う予定だったんだが、その友人が携帯を壊してしまったから結局会えず終いだった。
携帯が無いのは凄く不便だと感じた。
一昔前は携帯などなく、それでも不便を感じる事なく暮らしていたのに、一度便利な暮らしに慣れてしまうと、それが無くなる事が凄く不便に感じる。
世の中が便利になる事は良い事なんだが、それに依存してしまうようになってしまうと、いざと言う時何もできない人になってしまうんだろうなー。
午後出勤
昔は午後出勤って何て素晴らしいんだろうと思ってた。
だがいざ午後出勤になってみるとそう良くも無いと思う。ここにメリットとデメリットをあげてみた。
メリット
朝遅くまで寝れる
電車が空いている
デメリット
二度寝してしまう
駅前の駐輪場が満車になっている
仕事が終わってから飲みに行けない
帰りの電車は酔っ払いがいっぱい
帰りの深夜バスは高くつく
まあ午後出勤は決して良いもんじゃない。
社会のリズムから外れる事は不便な事が多々ある。
芸術と年齢
昨日美術館に行ってふと思ったのだが、芸術への関心と年齢は関係あるのだろうか。
昨日は平日だという事もあったのだが、若い人より年配の人の方が多かった。
いや、しかしポップアートなどでは若い人の方が関心が強い気がする。
やっぱり時間か?時間に余裕があるから自然と美術館へ向かう事も多いのだろうか。それとも嗜好の変化?物質的な物より精神的な物を求めようとするのだろうか。
何にせよ定年を迎えて何もする事がなく日々暮らすより、こうして美術館に足を運ぶような老後を送りたいものだ。
センス
世間一般的な基準はあるものの、センスは人それぞれ異なる。
自分では自信作でも、捉える人によっては全然良くない物だったりする。それで没になったり変更せざるを得ない時がある。すごくジレンマを感じる。
仕事のできるデザイナーは相手の感性を見越して、作品を作ると聞く。
更にそこに自分のセンスをプラスできる人が良い作品を作って行くのだろうな。
備えあれば
急な仕事が入ったが、それも一段落着いて、後は出力するだけ。
日頃からアイデアの引き出しを多く持つようにしておくと、こういう咄嗟の時に、非常に役立つ。
ちなみに自分は実行してないが‥
こういう地道な努力をするかどうかで、できる人とそうでない人との差がでるんだろうな。
可能性を奪われるという事
体調を崩してから暫く専業主婦であった母が、体調も大分良くなったので、ここでまた働き出そうとしていた。
だが先日の健康診断の結果で断念せざるを得なくなった。今の健康状態では働けないと言われたらしい。
本人は軽く言ってたが、かなりショックは大きかったと思う。
目標や可能性を奪われるのは思いのほか辛いことだ。
可能性を認めたり引き出したりこそすれ、奪うことは決してしてはいけないと思う。
宝くじ
先日からドリームジャンボが発売された。
「億万長者が111人誕生!」
夢も見たくなる。
実際のとこ、億以上が当たる確立は約333万分の1。1人あたり10枚買ったとしたら、33万人のうち1人が億万長者。
「億万長者が33万人に1人誕生!」
夢を見る気も無くなる。
習慣
普段の生活で意識しない習慣は多々ある。
服を着る時に最初に通す腕だったり、身体を洗う順番だったり、食卓の席だったり。
それをちょっと変えてみると違和感を感じるからおもしろい。
時にストレスを感じる事もあるが、それは安定を崩されたからなんだろうな。
やりたいことを
やりたい事を仕事にするのは幸せな事だ。
自由な世の中と言えども、やりたい事を仕事にするのは簡単な事ではないだろう。
だから多くの人は他人の何倍も努力をしている。
自分は頑張っているが、結局人並みの努力にすぎない。
やはりやりたい事を仕事にしたいし、それを諦めたくもない。
自分に鞭を入れ直して更に頑張って行こうと思った今日の日である。
硬い!
身体が硬いので柔らかくしようと、毎日風呂上りに柔軟をしている。
一月かかってやっとこさ足に手がつくようになった。こりゃ10年計画だな。
ちなみに酢は身体の柔らかさに関係無いらしい。あと、柔らかい方が健康にも良いみたいだ。
乳酸
乳酸が蓄積されると疲労を感じるらしい。
昨日久し振りにジョギングをしたら、思いのほかスッキリした。
どうも最近疲れを感じてたが、原因は乳酸だったのか。
有酸素運動が効果を発揮したようだ。